大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成4年(ワ)6910号 判決

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1. 被告らは、原告に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する原告信用組合大阪商銀は平成四年八月二八日から、被告山喜勉は同月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 被告山喜勉は、原告に対し、株式会社毎日新聞社の発行する「毎日新聞」大阪府内版朝刊及び夕刊に、別紙(一)記載のとおりの謝罪文を本件判決確定の日から一五日以内に別紙(二)記載のとおりの条件で掲載せよ。

3. 訴訟費用は被告らの負担とする。

4. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、訴外溝上由勝(以下「溝上」という。)の被告信用組合大阪商銀(以下「被告組合」という。)に対する信用組合取引約定に基づく債務を担保するため、昭和五五年一一月一二日、自己所有の不動産(以下「本件物件」という。)に根抵当権(被担保債権の極度額三五〇〇万円。昭和五六年四月一一日に四五〇〇万円に増額)を設定し、その設定登記を了した。

2. 溝上及び原告と被告組合とは、昭和六三年五月一七日、溝上の被告組合に対する前項の債務の履行に関し、以下のとおり合意した。

(一)  溝上及び原告は、被告組合に対し、右同日現在、金七九七六万二四三八円の債務を負担していることを確認する。

(二)  溝上及び原告は、被告組合に対し、右同日、右債務のうち金三五〇〇万円を支払い、残金四四七六万二四三八円については、これを三〇回に分割して、平成元年六月から同三年一一月まで毎月末日限り金一五〇万円を支払う。

(三)  被告組合は、原告に対し、前号の分割弁済金が完済されたときは、第1項の根抵当権設定登記の抹消登記手続をする。

(四)  被告組合は、溝上及び原告に対し、利息及び損害金の請求をしない。

3. 溝上及び原告は、前項の分割弁済金を期限内に完済した。

4. その後、原告は、被告組合に対し、再三第1項の根抵当権設定登記の抹消登記手続を要求したが、被告組合は、言を左右にして、原告の要求に応じなかった。

5. 銀行及びこれに類する金融機関は、顧客との取引を通じて、もしくは、これに関連して知り得た情報を正当な理由なくして他に漏らしてはならない義務を負う。

しかるに、被告組合の代表理事である被告山喜勉(以下「被告山喜」という。)は、この守秘義務に反して、平成四年一月九日ころ、「関西やまと新聞」と題する新聞の発行を業とする訴外宮井純一(以下「宮井」という。)に対し、溝上及び原告に対する利息金債権の計算書を交付し、その回収に尽力してほしいと依頼した。しかも、前記のように分割弁済金を期限内に完済すれば利息金を請求しないと約していたにもかかわらず、原告が被告組合に対して利息債務を負い、その支払いを遅滞しているとの虚偽の情報を伝えた。

6. 原告は、訴外柴橋商事株式会社(以下「柴橋商事」という。)から本件物件を担保として融資を受けることにつき内諾を得ていたところ、柴橋商事は、宮井から右利息金計算書を見せられ、被告組合がその回収に腐心していることを聞き及び、原告に対する融資を中止し、また、既発生の債権についても原告にその弁済を迫ることとなった。

7. 原告は、被告山喜の不法行為により精神的苦痛を受け、かつ、信用を毀損された。その損害は金五〇〇万円を下らない。

8. 被告山喜の不法行為は、被告組合の代表理事としての職務の執行としてなした行為である。

9. よって、原告は、被告組合に対し民法四四条一項に基づく損害賠償として、被告山喜に対し同法七〇九条に基づく損害賠償として、金自金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告組合については平成四年八月二八日、被告山喜については同月二九日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと、並びに、被告山喜に対し、同法七二三条に基づく名誉を回復するに適当なる処分として、「毎日新聞」大阪府内版朝刊及び夕刊に別紙(一)記載のとおりの謝罪文を本件判決確定の日から一五日以内に別紙(二)記載のとおりの条件で掲載することを求める。

二、請求原因に対する認否及び被告らの主張

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2の事実中、(一)ないし(三)は認めるが、その余は争う。

3. 同3の事実は認める。

4. 同4の事実は争う。

被告組合は、原告の申出どおり根抵当権設定登記の抹消登記手続を了した。

5. 同5の事実中、守秘義務の存在は認めるが、その余の事実は否認する。

被告組合は、原告の代理人である宮井から根抵当権の抹消要求があったのに対し、残利息の支払い交渉を行ったものに過ぎず、原告に対する貸付の内容を第三者にもらした事実はない。

貸借の内容を口外したのは、むしろ原告の方である。原告は、貸付残高が半額になったら根抵当権を抹消する約束があったにもかかわらず被告組合は約束に反して担保抹消に応じないとか、債務を全額返済したにもかかわらず被告組合は担保抹消に応じないといった内容の記事を業界紙等に掲載させるなどして、被告組合との貸借内容を宣伝して回ったものである。

6. 同6は不知。

7. 同7、8は争う。

三、被告らの主張に対する原告の反論

宮井が本件に関与したきっかけは、平成三年一二月二四日、東京において、在日韓国人商工会のパーティーの席上、張斗會連合会長から、被告組合と原告との間のトラブルについて、被告組合の理事長からその事情をよく聞いて善処してやって欲しいと依頼されたことである。宮井は、被告組合から事情を聞くべき被告山喜と面談したところ、被告山喜からトラブルの解決を依頼されたのである。

仮に、宮井が、被告山喜に対し原告の代理人と名乗ったとしても、代理権の有無について委任状等で確認もせず、宮井に利息計算書を渡すことは金融機関としての基本的義務に反する違法行為である。

第三、証拠〈略〉

理由

一、請求原因1、3の事実及び同2の事実中(一)ないし(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いがない事実に、成立に争いのない甲第一、第五、第六号証、証人宮井の証言により成立の認められる甲第二ないし第四号証、証人宮井及び同柴橋秀彦(以下「柴橋」という。)の各証言、並びに、原告本人及び被告山喜本人尋問の各結果を総合すれば以下の事実が認められる。

1. 原告と被告組合が、昭和六三年五月一七日、請求原因2(一)ないし(三)記載の合意をなした際、被告組合は、原告及び溝上に対し、分割弁済金が完済されれば利息及び損害金の請求をしないことに同意した。その際、原告は、残債務の半額を弁済したら本件物件に設定した根抵当権を抹消して欲しいと申し入れたが、被告組合はまたその時に考えるということで、確約には達しなかった。

2. 原告は、平成二年九月ころに右残債務の半額を弁済した後、訴外北本明を代理人として、被告ら代理人弁護士曽我乙彦に対して、根抵当権設定登記の抹消を求めたが、結局、被告組合の了承は得られず、根抵当権の抹消を受けることはできなかった。

右の交渉に関して、曽我弁護士は、政治結社亜細亜同志会から、原告や右北本の依頼に誠実に対応しないこと等を理由に大阪弁護士会に懲戒請求を申し立てられた(右の件については、後に、懲戒事由はないとの決議がなされている。)。

3. その後、原告は、平成三年一一月末日、第1項の合意の期限内に分割弁済金を完済したが、被告組合は、前記合意にもかかわらず、根抵当権の抹消に応じようとせず、被告組合の池田理事を通じて、原告に対し、さらに利息の支払を請求するに至った。

4. 宮井は、「関西やまと新聞社」の代表主幹を名乗っていた者であるが、平成三年一二月二七日、在日韓国人商工会の張斗會連合会長から、原告と被告組合との間で以上のようなトラブルが存在することを聞き付け、同月三〇日、被告山喜に面会を求め、原告とは以前から親しい間柄にあることを強調した上で、原告と被告組合との間のトラブルについて話を聞いた。

ちなみに、宮井は、そのときまで被告山喜には面識がなく、同日、被告組合を訪問したときに初めて話をした。他方、原告と宮井は、七、八年前から付き合っていた。

5. その後、宮井は、平成四年一月四日、原告の言い分を聞きに行ったところ、原告は、元本の二分の一を支払えば、根抵当権の抹消をし、利息を支払わなくてもよいという約束になっていたのに、残債務を完済した現在においても、被告組合は根抵当権を抹消しない旨を話した。

同月六日、宮井は、再度被告組合を訪問し、原告の言い分は元本を全部支払えば良いといういうことだったとその食い違いをただし、根抵当権を抹消しない被告組合の対応を非難した。これに対し、被告山喜は、利息が帳簿上残存していることを述べ、担当者を通じて甲第一号証の利息計算書を宮井に手渡し、原告との調整を希望した。

その後、宮井は、同月九日、亜細亜同志会事務局長と共に、曽我弁護士を非難するビラを入れた段ボール箱二箱を被告組合に持参し、これの発送をひとまず止めさせているなどといいながら、担保の抹消や利息債権について被告山喜と交渉したが、話はまとまらなかった。

6. 宮井は、柴橋が被告組合と懇意だと聞いていたことから、平成四年一月一三日、柴橋商事を訪問し、柴橋に、原告と被告組合との仲を取り持って被告組合を説得して欲しいと頼み、甲第一号証の利息計算書を見せた。

7. 原告は、柴橋商事から、当初一億五〇〇〇万円の融資を受けていたが、本件物件を担保に借り替えてさらに五〇〇〇万円の追加融資を受ける予定であったところ、被告組合から本件物件の根抵当権の抹消を受けられなかったため、柴橋商事の担保権設定を受けられず、追加融資も受けられなかった。原告は、平成四年六、七月ころになって本件物件について根抵当権抹消登記手続を求める訴訟を提起し、被告組合は、右訴訟の第一回口頭弁論期日前になってようやく根抵当権の抹消をした。

二、1. 原告は、被告山喜が宮井に利息計算書を交付した行為が金融機関の守秘義務に違反すると主張する。

しかし、前項で認定したところによれば、宮井は、原告と親しい間柄にあることを示しながら、原告側の立場に立って被告組合と交渉を試みている。特に、平成四年一月四日、原告から事情を聞いて以後は、原告側の言い分を基に、被告組合の対応を非難し、根抵当権の抹消ないし利息債務の免除を被告組合に対して要求している。これに対して、被告山喜は、被告組合の帳簿上利息債権が残存していることを示して原告側と交渉するために、原告の代理人あるいは少なくとも原告の側の仲介者として行動している宮井に対して、利息計算書を手渡して被告組合の要望を述べたものであり、そのこと自体は、右交渉に当然伴うことであって、無関係の第三者に対する情報の開示にはあたらず、金融機関としての守秘義務に反するとはいえない。

また、このとき、被告山喜が、原告との利息免除の約束の存在自体を否定し、虚偽の情報を流したと認めるに足る証拠はない。

これに対して、原告本人は、根抵当権の抹消についての被告組合との交渉を、宮井にも他の誰に対しても委任していなかったと供述する。

たしかに、本件証拠上、原告本人が宮井に代理権を与えて被告組合と交渉させたとか、宮井に対して積極的に被告組合との交渉を委任したとの事実までは認めるに足りない。しかしながら、原告は、柴橋商事から融資を受けるために早急に本件根抵当権の抹消を求める必要があったのに、平成四年六、七月になってこれを訴求するまで、自ら直接被告組合とこれを交渉した形跡はうかがわれず、かえって、この間、訴外北本明や、亜細亜同志会や、宮井らが被告組合との交渉を試みていることが認められ、他方、宮井は、一月四日には原告から被告組合との間の問題についての事情を聞き、原告はこれに対して元本の二分の一を支払えば根抵当権を抹消するとの約束になっていたのに抹消に応じてもらえない等と具体的な事情を説明しているのであるから、この時点で、原告としても、宮井が被告組合との間で原告側の言い分に基づいて仲介の労を取ることを期待し、あるいは、少なくともそのことを容認していることが明らかである。その結果、宮井はその翌々日に再度被告組合側と前記のような交渉に及んでいるのである。

そうだとすれば、原告は、宮井が被告組合との交渉の過程で原告と被告組合との取引の経緯について被告組合側の言い分を聞き、事情の説明を受けることを容認しているものというべきであり、そのことは、原告が積極的に宮井に交渉を委任したり、代理権を与えていなかったとしても変わりはない。

被告山喜が前記計算書を宮井に対して交付したことが守秘義務の違反にあたらないことは、以上の点からも明らかである。

2. また、原告は、宮井が原告の代理人と名乗ったとしても、被告山喜が代理権の有無について確認もせず宮井に利息計算書を渡した行為は、金融機関としての基本的義務に反する違法行為であるとも主張するが、前述のとおり、宮井が実際に原告の正式な代理人であったか否かにかかわらず、本件においては前述のような点からして守秘義務の違反が認められないのであるから、右代理権の有無についての確認の義務の懈怠を問題とする余地はない。

三、以上のとおり、被告山喜には、守秘義務ないし原告の主張する点での金融機関としての基本的義務の違反を認めるに足りないから、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告両名に対する請求はいずれも理由がない。(ちなみに、被告組合は、分割弁済金を完済すれば根抵当権を抹消し、利息及び損害金を請求しないと一旦は約束しながら、原告が分割弁済金を完済した後は、さらに利息を請求し、根抵当権の抹消に応じなかったのであるが、本件訴訟は、そのことによる損害を請求するものではない。)

四、よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙(一) 謝罪文

花田政男 殿

私は、信用組合大阪商銀の代表理事として、信用組合の顧客に対する秘密を守る義務に反して、貴殿に対する債権計算書を第三者に交付し、もって、貴殿のプライバシーの権利及び信用を毀損したことにつき慎んで謝罪いたします。

山喜勉

別紙(二)

広告文の大きさ 左右一〇センチメートル、天地二段

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例